イさんはとても気遣いのできる人だ
会議室を出ると
“コーヒーでも飲んで一息つきますか?”
と声をかけてくれた。
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“コピチュセヨ”
わたしが朝ごはんを食卓で食べていると父が来て母に向かってこう言う。
わたしは例のごとく、その言葉には反応しない。
少しでも反応すれば、待ってましたとばかりに父の韓国語講座が始まる。
わたしが無反応でいると、母がインスタントのコーヒーを入れて父の前に差し出す。
“カムサハムニダ”
と言い砂糖を何杯も入れ、牛乳をいっぱい入れて父の言うコピが完成する。
それもうコーヒー牛乳やん。
一口すすった父が“熱っ~”
しかも猫舌やん。
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イさんとのコピタイムが終わり、
立ち上がって歩き出すと直ぐに怒っている感じの声を上げながらこちらに
近づいてくる人がいた。
その人は見覚えのある茶色い生地の
キャリーバックを引っ張っていた。
“ヨボセヨ~クァwセdrftgyフジコ”
何を言っているのかはわからないが怒っている。
イさんもそれに応戦するかの如く
“クァwセdrftgyフジコ”と捲し立てる。
少しの間その凄まじい攻防が続き、
わたしはその間でポカーンとしてしまった。
ようやく話がついたようで、
イさんが“時間にはまだ先だったのですが”と言い
“こちらがあなたのオンナです”と言った。
エッエッエッ
イさんは直ぐに気づき“父のオンナ”です。
と言い直した。
わたしはこんにちはと頭を下げながら気を落ち着け
その人と向きあった。
その人も“こんにちは”と、日本語が少し話せるようだった。
そこからはイさんが間に入り通訳してくれた。
30cm位の円卓を囲むような距離で。
初対面でそんな距離感で話したのは
小学生の時に初めて行った繁華街で
坊主頭にクリリンみたいなお灸の痕がある奴にカツアゲされた時くらいだ。
話を元に戻す。
“わたしは困っている”話し合いの第一声だ。
その後からは韓国語だったのでイさんが訳してくれた。
家で寝ていると隣で寝ている父が大きないびきを
かいているので起そうとしたら止まった。
しばらくすると頭の痛みを訴えるので薬をわたしたら
今度は頭が割れる様に痛いと言い出したので救急車を
呼んで、運ばれてきてからは今の状態だ。
緊急入院の際に10万円払ったからそのお金を
今すぐに払ってほしいとの事だった。
“わたしには娘がいる”と間に日本語が入った。
その後はまた韓国語に戻った。
イさんが訳す。
やっと固定収入が入るようになって安心していた
矢先にこんな事になって、わたしは困っている。
と言う様な内容だった。
感情が高ぶりすぎて一気にスーっと引いた。
イさんがその人の目の前に行き、静かだが凄みのある声で
何かを告げると、その人が父のキャリーバッグをわたしの前に差し出し
振り返り去っていった。
キャリーケースを受け取った私は何故だか
今直ぐに父の顔を見たくなった。
イさんに“父の病室に行ってもいいですか?”
と言うと、イさんは頷き歩き出した。
キャリーケースを引きながら父の病室の前に来ると
イさんが少し待ってくださいと言い
ナースステーションまで駆け足で行った。
戻ってくると、先生は今いないけど少しなら父のそばに行っても良いと言われたと私に教えてくれた。
キャリーケースをイさんに預け病室に入った。